昭和時代の子どもたちは、今のようなゲームやスマホがない時代でも、創意工夫で毎日を楽しんでいました。
この記事では、そんな昭和の懐かしい遊びをジャンル別に紹介し、それぞれの特徴や遊び方、今でも楽しめるポイントを解説します。
昭和の遊びとは?どんな時代だったのか
昭和の時代は、今のようにゲームやスマートフォンがない時代でした。
子どもたちは外で元気に遊び、友達と協力しながらルールを決めて工夫して遊んでいました。
近所の空き地や公園が遊び場で、手作りの道具や自然のものを使って遊ぶことも多かったです。
こうした遊びには、走る・跳ぶ・考えるといったさまざまな要素があり、遊びながら体力や想像力、人との関わり方を学ぶことができました。
今では懐かしいと感じる遊びも、当時は日常の中に当たり前にあったのです。
昭和の外遊びベスト10
昭和の外遊びベスト10には次のようなものがあります。
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けんけんぱ
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缶蹴り
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ろくむし
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ゴム跳び
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だるまさんがころんだ
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陣取り(基地遊び)
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影ふみ
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鬼ごっこ
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石けり
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ビー玉
けんけんぱ
昭和の外遊びといえば、けんけんぱや缶蹴り、ろくむしなどが人気でした。
けんけんぱは、地面に描いた円や線の中を片足で跳んでいくシンプルな遊びですが、バランス感覚やリズム感を養うことができるとして、多くの子どもに親しまれていました。遊び方に地域差はありますが、基本は「けん(片足)」「けん(片足)」「ぱ(両足)」のリズムで進みます。特別な道具がいらず、地面にチョークや石で描くだけで始められるのも魅力でした。
缶蹴り
昭和の遊びは広い場所を使って体を動かす遊びが中心で、ルールも簡単なものが多く、すぐにみんなで楽しめました。
缶蹴りは鬼ごっこの要素に「缶を蹴る」というルールが加わった、昭和ならではの創意工夫が詰まった遊びです。
鬼が目を離しているすきに缶を蹴って仲間を助け出すスリルや、鬼が缶にタッチして名前を呼ぶ駆け引きが盛り上がり、何時間も遊び続けるほど熱中しました。
缶ひとつで始められる手軽さも人気の理由でした。
ろくむし
ろくむしは広島をはじめとする西日本で広く親しまれていた外遊びです。
2つの円の間を行き来しながら、相手チームが投げるボールを避け続けるという、単純ながら白熱するルールが魅力でした。
走る・止まる・避けるという動作を繰り返すため、運動量が多く、スピードと判断力が問われます。学校の休憩時間にはグラウンドに集まり、何度も勝負を重ねながら自然と体力やチームワークを学ぶ場になっていました。
地域によってルールの細かい違いもあり、友達同士で話し合って決めるなど、遊びの中に創意工夫が活きていました。
ゴム跳び
ゴム跳びは、細長いゴムを輪にしてつなぎ、両端を足にかけて跳び越える遊びです。
高さや跳び方を工夫しながら進むため、柔軟性やリズム感、集中力が必要とされました。
最初はくるぶしの高さから始まり、次第に膝、腰、肩、頭の高さへと難易度が上がっていくのが一般的な流れで、どこまで跳べるかを競い合うのが楽しまれていました。
歌や掛け声に合わせて跳ぶこともあり、友達同士の一体感も自然と生まれる遊びでした。
道具がゴムひもだけという手軽さも人気の理由です。
だるまさんがころんだ
だるまさんがころんだは、鬼が後ろを向いて「だるまさんがころんだ」と言い終える間に、他の子ができるだけ近づき、振り返られると動きを止めなければならない遊びです。
静と動の切り替えが鍵となり、タイミングを見極める力や集中力が養われました。
鬼の動きに合わせて一斉に止まる瞬間には緊張感が走り、笑いや驚きが生まれるのも魅力でした。
遊び方はシンプルながら、子どもたちの間で独自のルールが加わることもあり、地域やグループごとの工夫も楽しみのひとつとなっていました。
陣取り(基地遊び)
陣取りは、空き地や公園を使って自分たちの「基地」を作り、縄張りを広げていく遊びです。
木の枝や石で境界を決めたり、地面に線を描いてエリアを分けたりと、ルールやフィールドを自分たちで考える過程も楽しさの一部でした。
相手の陣地に入り込んだり、自分の拠点を守ったりする戦略が求められ、想像力とチームワークが自然と育まれました。
遊びながら仲間との連携や立場を理解する力が養われる点も、陣取りならではの魅力です。
影ふみ
影ふみは、晴れた日に地面に映った影を使って楽しむ、とてもシンプルな遊びです。
鬼が相手の影を踏むことでタッチと見なされるため、影を読んで逃げる動きと駆け引きが求められました。走り回るだけでなく、太陽の向きや角度を意識するなど、自然との関わりの中で感覚が養われるのも特徴です。
道具は一切必要なく、公園や道路などどこでもすぐに始められる手軽さも人気の理由でした。
友達との会話や笑い声があふれる、のどかで自由な時間が流れる遊びでした。
鬼ごっこ
鬼ごっこは昭和の子どもたちにとって、もっとも身近で定番の遊びのひとつでした。
広場や校庭、路地裏など、どこでもすぐに始められ、人数が多いほど盛り上がるのが特徴です。
基本的なルールは鬼が逃げる子を追いかけてタッチするだけですが、「氷鬼」「色鬼」「高鬼」など、さまざまなバリエーションがあり、遊ぶたびに新鮮な楽しさがありました。
体力だけでなく、判断力や駆け引きの力も求められるため、自然と遊びの中で成長していく喜びがあったのです。
石けり
石けりは、地面に描かれたマス目に石を投げ入れ、片足で跳びながら石を拾って戻るという遊びです。
小さな石と棒さえあればどこでも始められ、子どもたちの間では定番の外遊びでした。
石をどこに落とすかの正確さや、バランスをとって跳ぶ動きにはコツが必要で、自然と集中力や運動神経が養われました。
遊びの中で順番やルールを守ることも学べ、社会性を育む場としての役割もありました。単純ながらも奥深い魅力があり、長く愛されてきた昭和の代表的な遊びのひとつです。
ビー玉
ビー玉は、小さなガラス玉を使って遊ぶ、昭和の代表的な遊びのひとつです。
地面に穴を掘ったり円を描いたりして、相手のビー玉を弾き出したり、穴に入れることを競いました。
遊びに勝つと相手のビー玉を自分のものにできました。
力加減や角度を見極める繊細な操作が求められるため、手先の器用さや集中力が自然と身につきました。
ビー玉そのものにも透明や色付きなどさまざまな種類があり、集める楽しさもありました。
友達と遊ぶだけでなく、集めたビー玉を眺めるだけで満足感がありました。
昭和の室内遊び・雨の日に人気だった遊び
雨の日や冬の寒い日は、家の中でできる遊びが定番でした。
お手玉や折り紙は、家にあるもので手軽にできる遊びとして親しまれていました。
また、トランプやかるた、花札などのカードゲームも家族みんなで楽しめる遊びとして人気でした。特に紙芝居や影絵遊びは、物語を楽しみながら想像力を育てることができ、静かな時間でも楽しいひとときを過ごすことができました。
こうした室内遊びは、工夫する心や集中力を自然と身につけることにもつながっていたのです。
道具を使って遊んだ昭和の遊び
昭和の子どもたちは、身近な素材や簡単な道具を使ってさまざまな遊びを楽しんでいました。
竹馬やベーゴマ、メンコといった遊びは特に人気がありました。
竹馬は自分で作ることも多く、バランス感覚や足腰の力を鍛えることができる遊びでした。
ベーゴマは地面に糸を巻いて投げ、相手のコマとぶつけ合う勝負遊びで、技術や工夫が試されました。
こま回しやおはじき、水鉄砲なども、世代を問わず親しまれていた遊びです。
こうした道具を使った遊びは、物を大切にする気持ちや手先の器用さも育ててくれました。
地域で違う!昭和遊びの呼び方・ルールの違い
昭和の遊びは全国に広がっていましたが、地域によって呼び方やルールに違いがありました。
たとえば、「ろくむし」という遊びは西日本でよく知られている名称ですが、他の地域では「ボール当て」や「ゴロゴロドッカン」と呼ばれていたこともあります。
メンコも「ベッタン」「パッチン」といった別名があり、使う札の素材や大きさも地域ごとにさまざまでした。
ビー玉遊びは、広島市東部では「ラムネっちん」と呼ばれていました。
遊びの掛け声や数え方にも方言が混ざるなど、地域ごとの文化が色濃く表れていました。
このような違いを知ることで、昔の日本の多様性や文化の広がりを感じることができます。
令和の子どもにも受け継ぎたい昭和の遊び
今の子どもたちにとって、昭和の遊びは新鮮に映るかもしれません。
体を使って遊ぶことや、友達と協力してルールを決める経験は、時代が変わっても大切なものです。昭和の遊びには、体力づくりや集中力、コミュニケーション力を育てる力があります。
自然の中で遊んだり、道具を自分で作ったりすることで、創造性や持続可能な考え方(SDGs的な視点)も育まれます。
学校の授業や地域活動、家庭での親子遊びの中に取り入れて、世代を超えたふれあいのきっかけにしていきたいものです。
まとめ|今こそ昭和の遊びを再発見しよう
昭和の遊びは、ただ懐かしいだけでなく、人と人とのつながりや知恵が詰まった大切な文化です。
デジタル化が進む現代だからこそ、こうしたアナログな遊びの楽しさや価値を再発見することが必要です。
親子や祖父母とのふれあいの時間に取り入れれば、会話も自然と弾み、思い出作りにもなります。
これからの世代にも昭和の遊びの魅力を伝えていくことで、地域や家族の絆もより深まっていくことでしょう。



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